◆ 第一節:塔に残るもの
《エコー・ネームレス》。 13塔のひとつとして正式に名付けられたこの記録塔は、 今なお静かに祈りを受け止めていた。
記録層の最上階—— かつて誰にも名を与えられなかった“祈り”たちが、 今ではカイ・オルステッドの名義で登録されている。
【記録者:カイ・オルステッド】
【分類:声の運搬・未記録者補助】
【備考:記録されなかった価値の記録補完権限を付与】
彼の机の上には、大小さまざまなレリック。
そのひとつひとつに、誰かの“名を与えられなかった声”が刻まれていた。
◆ 第二節:リューカの旅立ち
リューカは、塔を離れることを選んだ。
「……少し、記録から離れた世界を見てみたいの。
どこかに、まだ“声を記録しないまま、生きている人たち”がいる気がして」
カイは反対しなかった。
ただ一言だけ、彼女の背に言葉を投げた。
「見つけたら、教えてくれよ。
名前がなくても、“声があった”ってこと、俺もちゃんと記録しておくから」
「……うん」
リューカは、軽く手を振って背を向けた。
その背中には、もう“記録者”のバッジはついていなかった。
◆ 第三節:声を運ぶ者として
塔の屋上。風が吹き抜ける。
カイは、ひとつの古い記録を見つめていた。
「記録名:ジン=オルステッド」
「記録状態:未完了/更新停止」
「備考:塔外活動中。記録波の断絶により所在不明」
兄の名前。
未だに更新されないままのその記録が、 カイにとっての“走る理由”のひとつだった。
「兄貴が、どこかでまだ“誰かの声”を届けようとしてるなら……
俺もその続き、運ぶよ」
◆ 第四節:そして旅は続く
塔の外、風に乗って聞こえてくるのは、 誰にもまだ記録されていない、名前も意味もない“祈り”の音。
それは風かもしれない。鳥の声かもしれない。
それでもカイには、それが“誰かの声”に聞こえた。
「……行こう。
記録に残すためじゃない。
ちゃんと、誰かに“届く”ために」
カイ・オルステッドは、背にフォノスフレイクを背負い、
再び塔を離れて歩き出す。
それは名を求める旅ではない。
ただ、“名のなかった者たちの声”が、
確かにこの世界に在ったことを証明する旅だった。
◆ 最終記録:声の行方
【レリックランナー:カイ・オルステッド】
【現在地:未登録】
【任務:記録塔と記録されない世界をつなぐこと】
【備考:この記録は、塔には保存されていない。
それでも、誰かの心には届いたと信じている。】
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