共鳴とは、価値の一致ではない。
それは、響き合い、混ざり合い、ぶつかり合った末に生まれる“ずれ”のようなものだ。
それを受け入れられるか——それが、“運ぶ者”に試される。
◆ 第一節:消息なき記録者
「この人の名は……カドム・リエン」
リューカが、フォノスフレイクが示した座標を見ながら言った。
「彼はかつて、《第十三塔構想》の最初期に関わったレリック理論家。
“共鳴による価値拡張”という新概念を提唱した人物だった」
「じゃあ、俺と同じようなことを考えてたってことか……?」
「……ええ、でも」
リューカは顔を曇らせる。
「彼は、実験の結果——“世界に価値の崩壊を引き起こした”として、永久追放されたの」
◆ 第二節:幽閉地《ロスリッドの谷》
フォノスフレイクの導きに従い、カイとリューカは北方の雪原地帯《ロスリッドの谷》へ向かう。
そこにあったのは、雪に埋もれた廃墟。
古い記録塔の残骸を流用した、非公認の監視施設。
「ここに……“最初の共鳴者”が?」
カイが踏み入ると、廃墟の奥に、ローブ姿の老人がひとり、静かに腰を下ろしていた。
目を閉じ、息をするように、何かを“聞いて”いる。
「……お前が、フォノスフレイクの持ち主か」
その声は、まるで風そのもののようにかすかで、そして澄んでいた。
◆ 第三節:カドムの記憶
「私は、世界に“調和”をもたらそうとしたのではない。
“違う価値を響かせるための場所”を作ろうとしただけだ」
「第十三塔の構想は、価値観を“まとめる”ための計画ではなかった。
“重ねる”ための装置だったんだよ」
かつて、カドムは複数の思想塔の記録を意図的に交差させ、
「全く異なる価値同士が、響き合う瞬間」を観測しようとした。
結果——“意味の氾濫”が起き、複数の塔が混線状態に陥る。
社会の価値基準が一時的に崩壊し、“価値を語ること自体”が不可能になった。
「私は、罪を犯した。
“どの声にも意味がある”と信じすぎた結果、誰の声も届かなくなった」
「……」
「それでもお前は、“すべての声を運ぶ”と言うか?」
◆ 第四節:カイの答え
カイは静かに頷いた。
「“全部をひとつにまとめる”つもりはない。
でも、“全部に意味があっていい”ってことは——
俺はまだ、信じてる」
「その結果、また価値が壊れるかもしれない」
「なら、それも“誰かの声”として、残せばいい」
カイはフォノスフレイクをかざす。
共鳴発動:フォノスフレイク 第十形態
《価値の調律域(トナリティ・アーカイブ)》——価値と価値の“ずれ”を認識し、記録の隙間に“余白”を生む
空間が震え、廃墟の天井に刻まれた古代記録が再構成される。
そこには、カドムが最後に書いた“声”があった。
「すべてを理解する必要はない」
「すべてを許す必要もない」
「だが、“否定しない”という価値だけは、誰かが残さなければならない」
カドムは、目を閉じたまま、微笑んだ。
「ようやく……この価値を“誰かに託せる”と思えたよ」
◆ 終章:選ぶ資格
「第十三塔を選ぶってことは、
“他の塔を選ばなかったこと”と向き合うってことでもあるわ」
リューカが呟いた。
「うん。けどそれでも、俺は“選ばれなかった価値”を運び続ける」
フォノスフレイクの輝きは、今やカイ自身の“選択の記録”そのものとなっていた。
その光に、世界がわずかに反応する。
十三塔座標のうち——ひとつが、わずかに強まった。
◆ 次回予告:第22話「十三のうち、ひとつ」
ついに始まる、「第十三塔の収束」。
世界が“最も多くの共鳴を集めた価値”を選び始めるなか、
カイの選んだ道が、いかに孤独で、そして可能性に満ちているかが試される。
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