誰かの価値を奪って、
それを自分のものにしたいと思ったことはあるか?
選ばれなかった自分、認められなかった自分、
忘れられた自分。
そのすべてを、“奪えば済む”と思った者たちがいた。
◆ 第一節:盗まれた選択
「カイ、大変よ!」
リューカの声が支部中に響いた。
イーリム支部の情報ネットに、急報が飛び込む。
【緊急通報】
【第8塔「ネメシス・レクト」から、“選択レリック群”の複製被害】
【記録者の意識に侵入し、“過去の選択そのもの”が改ざんされた痕跡あり】
「……“選択を盗む”って、どういうことだ……?」
「普通のレリック盗難じゃない。“価値そのもの”を盗まれたのよ」
リューカの顔がこわばっていた。
「《ゼロ・オーダー》——自分たちの理想と合わない価値は盗み、“理想的な選択”に書き換えてしまう思想集団。
彼らは今、思想塔から“未定義の選択肢”だけを狙ってる」
「未定義……?」
「つまり、“誰にも選ばれなかった価値”よ。
塔の記録の中でも、保留にされていた“まだ語られていない価値”。
それを先に盗んで、“未来”を支配しようとしてるの」
◆ 第二節:潜入、記録空間
カイとリューカは、第8塔の仮想記録空間へ潜入した。
塔の中心には、選択記録を蓄積する「選択の回廊」があった。
だがそこにいたのは、記録者ではなく——
「ようこそ、運び手たち」
柔らかな声。
黒い修道服のような服に、無数のレリックをぶら下げた少女。
彼女の名は——フィノ・エルネスティ。
ゼロ・オーダーの実働部隊“改価部隊(カイカー)”の筆頭。
「わたしは、“価値の盗人”と呼ばれてるらしいわ。
でも実際は、“より良い選択肢”を提示してるだけ」
彼女の手には、盗まれたレリックが光を放っていた。
《レムナント・ドア》
——過去の選択を開き、別の選択肢を書き換える“未来反転型”レリック。
「たとえばこの記録者。
本当は家族を見捨てて逃げたけど、ほら——
“救いに戻った”って選択に書き換えてあげたの」
「それは……!」
カイの怒声に、フィノは微笑む。
「嬉しそうな顔してたわよ。今の方が、“本人の価値に合ってる”んだって」
「それは“嘘”だろ!」
◆ 第三節:交錯する選択肢
《フォノスフレイク》が共鳴を始める。
対するフィノは、笑いながらもう一つのレリックを掲げた。
《エディット・コード》
——他人の価値を“正しい形”に再構成する、選別型レリック。
「あなたも苦しんでるでしょ?
“運ぶ”なんて、責任が重すぎる。
少し“軽くしてあげる”わよ」
「やめろっ……!」
共鳴発動:フォノスフレイク 第八形態
《選ばれなかった声(セレクション・リフレイン)》——記録に残らなかった“選択肢”を掘り起こし、再生する
無数の“選ばれなかった選択肢”が空中に浮かぶ。
「誰だって……選び損ねたことはある。
でも、それが“なかったこと”になるのは違う!!
俺は、選ばなかった声すら運びたい!!」
声の奔流がフィノの《レムナント・ドア》に衝突し、
空間に“もうひとつの選択肢”が開かれる。
◆ 終章:価値の重み
光の中で、かつて救えなかった記録者の声が響く。
「……あのとき逃げたことに、意味を持たせてくれてありがとう」
「でも、“逃げた自分”をなかったことにしたら、今の俺は生まれなかった。
あれは、俺の“現実”だったんだ」
フィノは黙ったまま立ち尽くし、やがて薄く笑った。
「……あなた、厄介な人ね。
“運ぶ”って、本当に重たいのね」
そして、霧のように消えていった。
◆ 次回予告:第19話「響く前に消える声」
“語られる前に消える価値”を求め、カイたちは再び海を越える。
だがそこにあるのは、言葉にできなかった苦しみ——
そして、リューカ自身の過去に刻まれた“ある沈黙”。
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