記録とは、支配か。
記録とは、信頼か。
記録とは、救済か。
それとも——ただの“忘れたくないという願い”か。
最初の塔を建てた者たちは、
なぜ“声”を刻もうとしたのか。
◆ 第一節:第0塔——起源の地へ
霧が晴れた先に、その場所はあった。
かつて「思想塔・第0番」が建てられたとされる遺跡——アトリウス盆地。
塔そのものはすでに存在していない。
だが地中には、「思想塔の原型」とも呼ばれる構造体が眠っているという。
「この場所……空気が違う」
リューカは足元の岩盤を撫でながら、言う。
「ここには、“記録”よりも前の“想い”が残ってる」
カイも無意識に《フォノスフレイク》を握りしめた。
そのとき、光が零れた。
レリックの共鳴が始まる。
◆ 第二節:記録なき記録
盆地の中心部に到達すると、地下への通路が開いた。
カイたちは、数百年前の“原始構造記録庫”へと降りていく。
そこには、今までに見たどの塔とも違う空間が広がっていた。
壁でも機械でもない。
岩肌に直接、無数の“手形”が刻まれていた。
「これ……人の手?」
「ええ。ここに刻まれているのは、“記録”ではなく“痕跡”——
まだ言葉になる前、価値になる前の、“存在の証明”」
彼らは何も書き残さなかった。
ただ、「ここにいた」という意志を刻み込んだのだ。
「あの頃、人々は“記録”を恐れていた。
何かを残せば、誰かに奪われる。
だから、塔は“記録のため”ではなく、“忘れないため”に建てられたんだ」
その言葉は——兄ジンの声だった。
◆ 第三節:ジンの決断
フォノスフレイクからあふれる光の中に、カイは兄の幻影を見る。
そこはこの場所とよく似た地下空間。
ジンは誰もいない空間に向かって語っていた。
「ここに来て、俺は分かった。
人が塔を建てたのは、価値を支配するためじゃない。
“価値を持たない者”の声を、誰かに届けるためだったんだ」
「だから、俺は記録しない。
俺自身の価値なんて、いつか誰かに伝わるとは限らない。
でもカイ——お前がそれを“運ぶ”なら、
俺の“未完成な声”にも意味が生まれる」
カイはその場に膝をついた。
「兄貴……。お前は、“記録されないこと”を選んだのか……」
◆ 第四節:第十三塔の胎動
そのとき、地下空間が震えた。
壁に刻まれた手形が、一斉に光を帯び始める。
その中心に、虚空に浮かぶ“座標”が浮かんだ。
「これって……地図? でもこんな場所、どこにも……」
リューカが呟く。
「違う。これ、“存在しない土地”を指してる……」
カイは確信する。
「これは——“第十三塔”の位置だ」
その瞬間、フォノスフレイクが共鳴し、言葉が響いた。
「十三番目の塔は、“記録を拒否された価値”を集めている」
「それが、世界を“再定義”する」
リューカの表情が引き締まる。
「じゃあ私たちは、“塔を探す旅”じゃない」
「“人に届かなかった価値”を拾って歩く旅をしてたんだ」
「うん。そして、それはこれからが本番だ」
◆ 終章:塔の建設者の意志
帰り際、カイはふと振り返る。
「なあ、リューカ。最初の“塔を建てた人たち”って、どんな気持ちだったんだろうな」
「……記録されることが、怖かったと思う。
でも、それでも何かを“遺したい”って思ったんじゃない?」
「じゃあ俺たちは、きっと——“その続きを運んでる”んだな」
空には、星のように瞬く十三番目の光。
それはまだ座標すら定かでない“未知の塔”の胎動。
だがそこへ至る道は、確かにいま、拓かれはじめていた。
◆ 次回予告:第18話「価値を盗む者たち」
塔の座標を求め、動き出す新たな勢力——《ゼロ・オーダー》。
彼らが狙うのは、過去最大規模の“価値の盗難”。
カイたちは、“奪われる前に守る”という、新たな選択を迫られる。
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