価値とは、希望だけではない。
誰かを救う価値は、誰かを裁く。
優しさの裏に、排除があり。
正義の影に、暴力がある。
それでも、人は価値を捨てられない。
◆ 第一節:塔の警報
《イーリム支部》に非常警報が鳴り響いたのは、深夜だった。
「カイ! リューカ! すぐにこれを見ろ!」
ヴァルド支部長が、映像装置を叩きながら言った。
空中投影に映されたのは、北東大陸の山岳地帯。
赤く点滅する標識の中央に、こう表示されていた。
【第3思想塔《ヴァリアンス・クレスト》:封印解除】
【侵蝕反応:塔喰らいの反応あり】
【危険:封印レリック《ドグマ・コード》開放状態】
「第3塔……!」
リューカが低く呟く。
「ここは、かつて“価値の優劣”を記録した塔。
最も危険な“選別思想”を保管していた……」
カイが問う。
「選別思想……?」
「“優れた価値こそが正義”という概念よ。
塔が暴走すれば、“違い”のすべてが排除対象になる」
「それじゃ……“多様性”が、否定される……」
カイは拳を握った。
「俺たちが行く。塔を……守る!」
◆ 第二節:暴走する価値観
山岳地帯にたどり着いたカイたちが見たものは、空を走る裁断の光だった。
《ヴァリアンス・クレスト》の上空に浮かぶのは、断層のような光帯。
その周囲で、空間そのものが裁かれていた。
「これは……“価値を測る力”か」
地表に落ちた光の先で、獣のように喰らいつくうねりが見える。
——塔喰らい《ヴォイドビースト》が、再び現れた。
だが今回は、前回とは違う。
塔のレリックが、異常に反応していた。
《ドグマ・コード》
かつて塔に封じられた、“価値優劣を自動判定する装置”。
使用者の意思を超えて、“最も価値のある者”だけを残し、他を排除する。
「“選ぶ”ってのは……! 誰かを見捨てることじゃないだろ!!」
カイが叫ぶ。
だが霧のような波動が走り、山肌に立っていた人々が消えていく。
「うわ……あれ……人間の“存在そのもの”を選別してるのか!?」
「塔が、“かつて最も優れたとされた価値”に基づいて、世界を分類しているのよ。
しかもそれは、“過去の記録”の価値。今の人間には通用しないわ!」
◆ 第三節:裁きへの反抗
《フォノスフレイク》が共鳴しはじめる。
塔から放たれる「選別の光」が、カイの心に干渉してくる。
「選べ」
「お前の中の最も高潔な価値を選べ」
「そうでなければ——お前は“劣る側”として排除される」
その声に、カイの呼吸が乱れる。
「俺は……そんなの、選べない……!
だって、どれも……俺の“本当の価値”だから!!」
リューカが叫ぶ。
「カイ! “声を集めて”! この塔に、今の価値を見せて!!」
カイは《声の欠片》をかざし、叫ぶ。
「兄貴の声——
リューカの声——
この世界で、迷いながら生きてる全員の声——!」
◆ 第四節:上書きされる価値
共鳴発動:フォノスフレイク 第六形態
《響界(きょうかい)の秤》——異なる価値観を一時的に同等化し、共存させる
《声の欠片》が光を放ち、塔に差し込む。
その光は、“選別”というシステムの中に“迷い”を与える。
「価値は、上下じゃねぇ。
違って、揺れて、それでも一緒にいたいって思える“重なり”なんだ!!」
塔の光が砕ける。
《ドグマ・コード》が崩壊し、塔の最深部に眠っていた“記録の芯”が露わになる。
そこには、ひとつの古い手書きの記録があった。
【この思想は封印せよ】
【人を測る秤は、いずれ誰かを切り捨てる】
【正しさの名を借りた“支配”が生まれる前に】
「……塔自身が、“この価値観は危険だ”って分かってたんだ」
リューカが言った。
「けれどそれでも、残されていた。
“正義の美しさ”に、人が惹かれる限り、忘れ去ることはできないから」
◆ 終章:塔の静寂、獣の気配
塔の崩壊は止まり、霧が晴れていく。
だがその奥で、カイは気づいた。
《ヴォイドビースト》の気配が、完全には消えていない。
それどころか、今まで以上に“方向性”を持ちはじめている。
「……まさか、誰かが“導いてる”のか?」
「そう。塔喰らいは自然現象じゃない。
“ある意思”がそれを操っている」
リューカが呟く。
「おそらく……“セレスティアですらない何者か”が」
空には、塔喰らいの影を背に、白衣を翻す影が一瞬だけ浮かんだ。
◆ 次回予告:第15話「価値なき神」
謎の影が操る“塔喰らい”の真実。
その背後に存在する、“価値を超越した存在”——
すべての価値を否定し、統一すら意味を持たない“神なき正義”が現れる。
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