価値が揺れる。
想いが削れる。
言葉が消える。
それは、“否定”ではない。
ただひたすらに、“空白”にする力だった。
塔を喰らう者が現れたとき、世界の声は、ひとつ、またひとつと消えていった。
◆ 第一節:崩落する塔の報せ
それは突然のことだった。
「……塔が、喰われた?」
イーリム支部に戻ったカイとリューカに、ヴァルド支部長が差し出した速報の通信書には、信じがたい文字が並んでいた。
【速報】
【第十一思想塔《ミゼリア・テロス》、完全消失】
【現地に残されたのは、価値観の“空白地帯”と異常現象】
【セレスティア、事態を「侵蝕型レリック災害」と断定】
「塔が……“消えた”? そんなこと……」
カイが紙を握る手に力を込める。
思想塔とは、価値観そのものの“保存装置”。
それが喰われるということは、そこに刻まれた価値が、“なかったことになる”ということだ。
リューカの顔から血の気が引いていた。
「侵蝕……これって……まさか……」
「おそらく、“やつ”が動いたな」
ヴァルドが煙管をくゆらせながら呟く。
「《空白の獣(ヴォイドビースト)》……記録にも記憶にも残らない、“塔喰らい”だ」
◆ 第二節:空白地帯
現地は、廃墟だった。
第十一塔が存在したはずの大地には、ぽっかりと“何もない”空間が広がっていた。
「ここが……塔のあった場所?」
「いや、あった“はずの”場所、だ」
ヴァルドが地面にセンサーをかざす。
「地層ごと、塔の存在記録が“消去”されてる。まるで、初めから何もなかったようにな」
風は吹いていた。草も揺れていた。
だが、人の痕跡も、塔の遺構も、なにひとつ存在していない。
「感じるか、カイ?」
リューカが言う。
「“声”が……まったく響かない。ここでは、《声の欠片》も反応しない」
カイはゆっくりと、レリックを取り出した。
……何の反応もない。
「まるで、空気にさえ“価値”がないみたいだ」
リューカは低く答えた。
「……“価値を喰らう”存在。それが、《ヴォイドビースト》」
◆ 第三節:塔喰らい、現る
その時だった。
空間が、揺れた。
まるで空気が“破れた”かのように、視界が歪む。
黒い霧。ひび割れた鏡のような波動。
そして——それは現れた。
異形。
姿は不定形。
だが確かに“牙”を持ち、塔のデータ構造を咀嚼する、巨大な影。
《ヴォイドビースト》
“価値そのもの”を喰らい、“空白”を広げる異常レリック災害体。
「……でかい……!」
カイは、無意識に後ずさる。
「近づくだけで……頭が空になる……っ」
リューカも額を押さえ、苦しそうに呻く。
「この存在は、“思考”に感染する。
近づくだけで、信念・記憶・信仰、あらゆる価値が“空白化”されるの」
「つまり……このままじゃ、“俺”が俺じゃなくなるってことか!」
◆ 第四節:抗う“声”
ヴォイドビーストが牙をむいた。
空間そのものを喰らうように、カイたちの方へ霧が押し寄せてくる。
そのときだった。
《声の欠片》が、震えた。
「お前は誰だ?」
それは、兄ジンの古い記録。
記憶の中で、問いを繰り返す“声”。
「俺は……カイだ!
俺は——誰かの声を運ぶ者!
奪われた価値を、取り戻すためにここにいる!!」
叫びが届いたのか、ほんの一瞬、霧が止まった。
リューカが叫ぶ。
「カイ、今のうちに共鳴を!! お前の声なら、こいつを揺らせる!!」
「行くぞ……!」
◆ 最終節:空白に刻む声
共鳴発動:フォノスフレイク 第五形態
《価値なき地に咲く声(ヴォイス・ブロッサム)》——空白の中に、“初めての価値”を上書きする
《声の欠片》が輝く。
その光は、虚無の霧の中に“音”を生む。
「俺はここにいた!
この場所に、誰かが生きてた!
塔があった! 想いがあった! 全部、消させない!!」
その言葉が、空白を破る。
ヴォイドビーストの形が崩れ、霧が後退し、
空に、ひとすじの“音”が咲いた。
《フォノスフレイク》の力によって、この地には、
“新たな価値の種”が刻まれた。
◆ エピローグ:裂け目の先に
だが、獣は完全には消えていなかった。
霧の向こうに、“知性”を感じる目が一瞬だけ光る。
「……見ていたのか」
カイが呟く。
リューカが小さく頷いた。
「“やつ”は、塔の“記録”だけを喰ってたわけじゃない。
“人間の価値そのもの”を……観察してる」
「誰かが、あれを“使ってる”のか……?」
霧は消えたが、世界に空いた傷跡は、まだ塞がっていない。
◆ 次回予告:第13話「セレスティア決議」
セレスティア本部が緊急会議を招集。
“塔喰らい”の出現を受け、統一計画は新たな段階へ。
そして、カイたちに下される「最後通告」とは——。
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