レリックランナー第9話:凍結された思想

レリックランナー

思想もまた、凍る。

痛みを恐れ、失敗を悔やみ、もう二度と傷つかぬように——
人は、自分の“価値”を氷の中へと閉じ込める。

けれどその中で、確かに“心”は、生きようとしていた。


◆ 第一節:極寒の地・ノルディカ

「寒っ……!」

カイは分厚い外套をかき寄せながら、吐いた息の白さを恨めしげに見つめた。

そこは北方大陸ノルディカ。
終年吹雪が止まぬこの地に、“凍結された思想塔”が存在するという。

案内人として合流したのは、ヴァルド支部長が手配した情報屋だった。

「吹雪が止む時間は一日に一度、数分だけだ。その隙に塔の入口へ向かう」
男は寡黙だったが、目は鋭く、雪中を歩く足取りも無駄がない。

塔は、雪と氷に閉ざされた渓谷の奥にあった。
その姿はまるで“氷河に埋まった心臓”。

リューカは低く呟く。

「ここが……第六思想塔《フリーゼ・ロア》。
 テーマは、“変化しない価値”——つまり、“永遠の正しさ”よ」


◆ 第二節:凍りついた守人

塔の扉に触れた瞬間、空間が歪んだ。

冷気が渦巻き、光が収束する。
その中から現れたのは、一人の青年。凍った鎧をまとい、瞳は無色。

「ようこそ、第六塔へ。私はこの塔を守る者、《エデル・グラウ》」

声には感情がなかった。
いや、感情は“封じられて”いたのかもしれない。

「この塔に触れるには、試練を超えねばならない。
 問おう。君は、自分の信じる価値を“永遠に変えない”と誓えるか?」

「それは……」

カイは言葉に詰まる。

リューカが先に答えた。

「人の価値は、変わるわ。変わらなきゃ、生きられない」

「ならば、試練を」

エデルが手をかざすと、空間に“氷の記憶”が再生される。

そこには、幼いエデルがいた。

「僕は、父を殺した。
 正しいと思った信念で、村を裏切った。
 だから、もう何も変えない。誰も裏切らないために——凍りつく」

塔は、変化を拒む者の“価値”を守っていた。
裏切りや喪失、後悔を乗り越えるために、“凍結”を選んだのだ。


◆ 第三節:動く声

カイは一歩前に出た。

「でも、それって……死んでるのと同じじゃないか?」

「正しさは、永遠であるべきだ」

「でもさ、兄貴は言ってた。
 “価値が変わるからこそ、人は前に進める”って」

《声の欠片》が光り、空間に兄ジンの記録が響く。

「人の価値は、揺れていい。
 揺れたまま、誰かとぶつかって、それでも残ったものが“本当の価値”だ」

その声に、エデルの瞳が僅かに揺れた。

「それは……間違いを肯定することだ」

「違う。間違ったままでも、変わることを諦めないってことだ」

カイが踏み出す。
その足元に、塔の氷がわずかにひび割れた。


◆ 終章:塔が応える

《声の欠片》から光の波が広がり、塔の氷を砕いていく。

共鳴発動:レリック《フォノスフレイク》第二形態開放
「反響の間(エコー・チャネル)」——共鳴した価値観に、記録された“変化”を引き出す

エデルの記憶に、別の声が流れ込んだ。

「エデル。お前の正しさは間違ってなんかいない。
 でも、正しさを守るために自分を殺すな。
 生きて変われ。もう一度、動き出せ」

それは、彼がかつて守れなかった父の声だった。

青年の鎧が崩れ、静かに膝をつく。

「……俺は、止まっていたんだな。
 ありがとう。君が、“声”を届けてくれた」

塔が静かに開き、奥にひとつのレリックが現れる。

《アーカイヴ・フロスト》——あらゆる“凍結された記録”を解凍し、再び歩ませる力

リューカが目を見開く。

「これ……13塔の鍵素材よ。兄の記録が残されてるかもしれない」

カイはそっと手を伸ばした。

「行こう。まだ、声を届けられる場所がある」


◆ 次回予告:第10話「声を奪う街」

次の舞台は、言葉を奪われた街・リスフォニア。
そこに潜むのは、“価値なき静寂”を強制する恐るべきレリックと、その使用者だった。

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