人は誰かを信じることで強くなれる。
だが、信じたものが間違っていたとき、人はどうすべきなのか。
信じることをやめるか。
それとも、信じること自体を、貫くか。
その答えを、炎が試そうとしていた。
◆ 第一節:審断の広場
《シン・アーカイブ》の北端。
都市の縁にある石造りの半円形広場は、かつて議論と対話の場だったという。
だが今、そこにあるのは静寂と——決闘の気配。
「ここでなら、“価値の揺らぎ”も観測されない。思う存分、戦えるよ」
イグニス・フェイルは穏やかに言った。
その背に燃えるのは、レリック《ジャッジフレア》。
人の内にある“信念”を燃料とし、“矛盾”を焼き尽くす“審断の炎”。
「カイ、君は“価値とは迷っていいもの”だと言った。
だが僕は、“価値とは決して揺らいではいけないもの”だと信じている」
「なら、その“正しさ”を——ぶつけ合おうぜ」
カイの手に、兄から託された《声の欠片》がある。
まだその力は未完成。だが、今のカイには“誰かの声を受け止める覚悟”がある。
◆ 第二節:審断の炎、揺れる言葉
「ジャッジフレア、起動——」
イグニスがそう呟いた瞬間、地面を這うように炎が奔る。
「お前の中にある“矛盾”を——燃やし尽くす」
青白い炎が、まっすぐカイを襲う。
カイは横に跳び、咄嗟に《声の欠片》を前にかざした。
「……人の心は、変わっていい」
「だけど、変えられるのは、自分だけだ」
兄の声が、割れたガラスのように響いた。
その声に呼応するように、炎が一瞬だけ揺らぐ。
「……やはり。君のレリックは、“他者の価値観を映す”能力か」
「わかんねえよ。けど——」
カイは拳を握った。
「この“声”は、俺が信じてる。
兄貴が最後に残した、“選び続けた証”なんだ!」
カイの中に浮かぶのは、ジンの背中。
それを思い出すたびに、《声の欠片》の色が深まっていく。
だが——
「ならば、それを証明してみせろ!」
イグニスの声とともに、炎が巨大な刃の形を取る。
「僕の信じる“正義”は、誰にも迷わせない。
絶対に、ぶれない。それが“価値の統一”だ!」
◆ 第三節:価値の共鳴
その刹那。
カイは、無意識に手を前に突き出していた。
《声の欠片》が強く光を放ち、空気を震わせる。
共鳴発動:レリック《フォノスフレイク》第一解放
「響記(きょうき)の相」——記録された“価値観”を、実体化する
周囲に、無数の“声”が響き渡った。
「好きで間違ったんじゃない!」
「それでも、進むしかなかった!」
「迷ったって、やらなきゃいけないことがある!」
炎が——止まった。
いや、正確には、“声”が炎の中に入り込んで、それを揺らがせているのだ。
「なっ……!? これは……!」
イグニスの目に、迷いの色が浮かぶ。
「君のレリックは……“揺らぎ”を起こすのか!? いや、“共鳴”か……!」
カイは確信した。
この欠片は、誰かの価値観を再現するだけでなく、相手に“共鳴”を促す力を持っている。
“声”を届ける——
それは、誰かの中の“信じたもの”を、もう一度揺り起こす力だった。
◆ 終章:火は消え、戦いは続く
《ジャッジフレア》の炎が、静かに消えた。
イグニスは膝をつき、深く息を吐く。
「……やられたな。これが、君の信じる“運ぶ力”か」
カイは拳を握りしめたまま、応える。
「俺は、誰かの価値観を否定するために戦ってるんじゃない。
“違い”を、ぶつけて確かめたいだけだ。兄貴がそうしてたように」
イグニスは小さく笑った。
「なら、次は“僕の番”だ。僕が信じる正義を、君に届けに行くよ」
彼は立ち上がり、背を向けた。
「カイ。君は、選ばれた炎だ。
でも、選ばれただけで燃え続けるほど、世界は甘くない」
その背中は、どこか寂しげだった。
◆ 次回予告:第7話「黒衣の観測者」
戦いの終わりを遠くから見ていた者がいた。
黒衣のフードをかぶり、白金の記録書を手に持つ女——アルミナ・シェルド。
彼女は、カイの“声”を見て、確かに“何か”を思い出していた。
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