警視庁捜査一課・佐々木刑事は、ここ数ヶ月の行方不明事件に、不可解な既視感を抱いていた。
大学生の理沙。OLの真帆。フリーターの奈々。
いずれも20代後半の女性。身辺に大きなトラブルはなく、最後の足取りは曖昧。
恋人や元交際相手の線も洗ったが、どれも明確な繋がりには至らなかった。
だが、佐々木の脳裏に引っかかったのは、“感情の消えた空白”だった。
——どの女性の部屋にも、「悲鳴の痕跡」がなかったのだ。
通常、女性が事件に巻き込まれた場合、抵抗や混乱の跡が残る。
しかし、彼女たちの生活空間には、“静かすぎる”沈黙があった。
まるで、死が“静かに受け入れられた”かのように。
—
そんな折、一人の女性が警察に現れた。
名を——藤沢恵美という。
「話したいことがあります。神崎遼という人物について」
彼女の証言は、捜査に風を吹き込んだ。
理沙、真帆、奈々——三人の被害者の共通点はなかった。
だが、遼がそれぞれと面識を持っていた可能性が出てきたことで、地図は繋がり始めた。
佐々木は、恵美の冷静な語り口に、逆に不安を覚えた。
「なぜ、あなたがここまで神崎遼のことを追っているのですか?」
恵美はしばし考えた末に言った。
「……私は、彼の“最後の女”なんだと思います」
—
捜査が進むにつれ、神崎遼という人物像が浮かび上がってきた。
高学歴。成績優秀。社会人としても目立った問題はない。
同僚の証言も「真面目な人」「物静か」という一様なものばかりだった。
だが、その“均質性”こそが、佐々木には不気味だった。
——仮面をかぶり続けて生きてきた人間の、外側だけが記録に残っている。
—
捜査班は遼の自宅を張り込み、外出のタイミングで接触。
遼は逃げなかった。
ただ、逮捕直前の彼の瞳は、どこか“終わりを見届けに来た者”のようだった。
—
取り調べにて、遼は多くを語った。
事件の経緯、動機、自身の感情。
まるで、記録に残してもらいたかったかのように淡々と。
「……僕は、自分を愛していたんです。
他人を通して、自分を愛そうとしていた。
でも、それって、ただの独りよがりですよね」
刑事たちは誰も、その告白に返す言葉を持たなかった。
遼の犯行は計画的であり、冷静であり、何より——感情がない。
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一方、恵美は何度も警察に足を運んだ。
証言、協力、メディアの対処。
だが、どれだけ遼の“罪”を客観化しても、
彼の内側にあった“欠け”の正体が、どうしても引っかかっていた。
——彼は、本当に“狂っていた”のか?
——それとも、“自分のことを一番理解してしまった”だけなのか?
—
ある夜、恵美はひとり、公園のベンチに座っていた。
かつて、高校の帰り道に遼とすれ違った小道。
あのとき、少しでも声をかけていたら、彼の人生は違っていたのだろうか。
その考えがよぎった瞬間、恵美は静かに首を振った。
「それは、きっと傲慢ってものよ」
彼の罪は、彼自身のものであり、彼の旅は、彼自身のものである。
恵美はその“重さ”を見誤ってはならない。
—
だが、遼は——まだ終わっていなかった。
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