思想もまた、凍る。
痛みを恐れ、失敗を悔やみ、もう二度と傷つかぬように——
人は、自分の“価値”を氷の中へと閉じ込める。
けれどその中で、確かに“心”は、生きようとしていた。
◆ 第一節:極寒の地・ノルディカ
「寒っ……!」
カイは分厚い外套をかき寄せながら、吐いた息の白さを恨めしげに見つめた。
そこは北方大陸ノルディカ。
終年吹雪が止まぬこの地に、“凍結された思想塔”が存在するという。
案内人として合流したのは、ヴァルド支部長が手配した情報屋だった。
「吹雪が止む時間は一日に一度、数分だけだ。その隙に塔の入口へ向かう」
男は寡黙だったが、目は鋭く、雪中を歩く足取りも無駄がない。
塔は、雪と氷に閉ざされた渓谷の奥にあった。
その姿はまるで“氷河に埋まった心臓”。
リューカは低く呟く。
「ここが……第六思想塔《フリーゼ・ロア》。
テーマは、“変化しない価値”——つまり、“永遠の正しさ”よ」
◆ 第二節:凍りついた守人
塔の扉に触れた瞬間、空間が歪んだ。
冷気が渦巻き、光が収束する。
その中から現れたのは、一人の青年。凍った鎧をまとい、瞳は無色。
「ようこそ、第六塔へ。私はこの塔を守る者、《エデル・グラウ》」
声には感情がなかった。
いや、感情は“封じられて”いたのかもしれない。
「この塔に触れるには、試練を超えねばならない。
問おう。君は、自分の信じる価値を“永遠に変えない”と誓えるか?」
「それは……」
カイは言葉に詰まる。
リューカが先に答えた。
「人の価値は、変わるわ。変わらなきゃ、生きられない」
「ならば、試練を」
エデルが手をかざすと、空間に“氷の記憶”が再生される。
そこには、幼いエデルがいた。
「僕は、父を殺した。
正しいと思った信念で、村を裏切った。
だから、もう何も変えない。誰も裏切らないために——凍りつく」
塔は、変化を拒む者の“価値”を守っていた。
裏切りや喪失、後悔を乗り越えるために、“凍結”を選んだのだ。
◆ 第三節:動く声
カイは一歩前に出た。
「でも、それって……死んでるのと同じじゃないか?」
「正しさは、永遠であるべきだ」
「でもさ、兄貴は言ってた。
“価値が変わるからこそ、人は前に進める”って」
《声の欠片》が光り、空間に兄ジンの記録が響く。
「人の価値は、揺れていい。
揺れたまま、誰かとぶつかって、それでも残ったものが“本当の価値”だ」
その声に、エデルの瞳が僅かに揺れた。
「それは……間違いを肯定することだ」
「違う。間違ったままでも、変わることを諦めないってことだ」
カイが踏み出す。
その足元に、塔の氷がわずかにひび割れた。
◆ 終章:塔が応える
《声の欠片》から光の波が広がり、塔の氷を砕いていく。
共鳴発動:レリック《フォノスフレイク》第二形態開放
「反響の間(エコー・チャネル)」——共鳴した価値観に、記録された“変化”を引き出す
エデルの記憶に、別の声が流れ込んだ。
「エデル。お前の正しさは間違ってなんかいない。
でも、正しさを守るために自分を殺すな。
生きて変われ。もう一度、動き出せ」
それは、彼がかつて守れなかった父の声だった。
青年の鎧が崩れ、静かに膝をつく。
「……俺は、止まっていたんだな。
ありがとう。君が、“声”を届けてくれた」
塔が静かに開き、奥にひとつのレリックが現れる。
《アーカイヴ・フロスト》——あらゆる“凍結された記録”を解凍し、再び歩ませる力
リューカが目を見開く。
「これ……13塔の鍵素材よ。兄の記録が残されてるかもしれない」
カイはそっと手を伸ばした。
「行こう。まだ、声を届けられる場所がある」
◆ 次回予告:第10話「声を奪う街」
次の舞台は、言葉を奪われた街・リスフォニア。
そこに潜むのは、“価値なき静寂”を強制する恐るべきレリックと、その使用者だった。
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