レリックランナー第8話:記憶の海に潜る者

レリックランナー

水は記憶を封じ込める。
人が流した涙も、語られなかった言葉も、
すべてが、静かに底へ沈んでいく。

そして、そこに眠るのは——“忘れたくない記憶”。


◆ 第一節:アムニシアへの航路

「アムニシアへ行く?」

ヴァルド支部長は、いつになく真剣な顔で尋ねてきた。

「海底都市アムニシア。ゼロ・アーク時代、記録を封じるために沈められた街だ。
 そこにあるのは、“消された記憶”だと言われてる」

「そこに……兄貴のレリックがある可能性があるんだ」

カイはそう言った。

前話で得た《メモリエッジ》に微かに刻まれていた座標、それがアムニシア海域を指していたのだ。

「この街には、“記憶を抜かれた者たち”が住んでいるわ」
リューカが静かに言った。

「誰もが過去を忘れている。
 でも、それでも“価値”を求めて、生きている」

「忘れても、価値を持てるってことか……」

「あるいは——忘れたから、自由になれたのかもしれない」


◆ 第二節:沈んだ街と、記憶の迷宮

カイとリューカは、気密潜航艇で海底へと潜った。

アムニシアは静かだった。
崩れた建造物、漂う光の粒、歩く人々は皆どこか夢の中にいるようだった。

街の中央にある「記憶の泉」。
そこに手をかざすと、空中に映像が浮かび上がった。

「——君はもう、忘れたほうが楽になれる」
「大丈夫だよ。記憶は痛みだ。でも、痛みは必要ない」

言葉をかけているのは、白衣の女。
かつてセレスティアにいた「調律士」たちだ。

「これが……“記憶の調律”」

リューカが顔を曇らせる。

「彼らは、人々の記憶を抜き取ることで、価値の“ブレ”を抑えようとしたの。
 痛みも、怒りも、希望も——全部“整える”ために」

「それで、本当に平和になったのかよ……?」

カイは拳を握る。

そのとき。
泉の奥から、何かが反応した。

《声の欠片》が、強く震えた。

「——カイ」

声が、確かに聞こえた。

「これ、兄貴の……!」


◆ 第三節:忘れたはずの記憶

泉の水が反転し、巨大な記録装置が浮上した。
レリック《ノウメン・コア》——人間の記憶を“形”にして封印する装置。

そこには、一人の少年の記憶が閉じ込められていた。

小さなカイ。
焦る顔。
炎に包まれる実家。
兄ジンが何かを手に走り去る姿。

そして——
「……カイ、お前はこの“記憶”を忘れたほうがいい。
 この炎の原因を知れば、お前は前に進めなくなる——」

カイの顔が歪んだ。

「やめろ……そんなの、見たくない!」

「これは、君自身の“封じた記憶”よ」

リューカが静かに言った。

「兄が、君のために記憶を封じたの。
 でも今、それが開かれようとしている。
 君が“声”を通して、選ぼうとしているから」

「選ぶ……?」

「“忘れる”か、“背負う”かよ。どちらかを、あなたが決めるの」

カイは拳を震わせた。
兄の声が、微かに聞こえる。

「進め、カイ。お前は、もう選べる」

「……俺は、背負うよ」

カイが《声の欠片》を泉にかざすと、記憶が光に変わり、静かに彼の中に溶けていった。


◆ 終章:記憶を持つ者、持たぬ者

その夜、アムニシアの宿で。

「俺……本当は、自分が家を燃やしたかもしれないって、薄々気づいてたんだ」

「そう」

「でも、兄貴はそれを責めなかった。
 “選んだ道を守るために、過去は背負えばいい”って、そういう人だった」

リューカはしばらく黙ってから言った。

「なら、あなたも選んだのね。
 “忘れない”っていう価値を」

「うん。俺はもう、自分の声を疑わない」

空には、波間に映る星が揺れていた。
その中で、ひときわ明るい——十三番目の星が、光を強めていた。


◆ 次回予告:第9話「凍結された思想」

次なる舞台は極寒の地・ノルディカ。
そこに封印されし思想塔は、“ある一つの価値観”を巡り、過去のランナーたちの記録を今も凍結し続けている。

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