声とは、ただ記録されるだけでは終わらない。
誰にも届かなかった声は、
やがて“残響”を超えて、
“亡霊”となる。
◆ 第一節:崩れかけた塔の下で
塔の選定が始まってから数日。
世界中の価値構造が揺らぎ、失われた価値記録が“異常現象”として現れ始めていた。
【報告:第6塔周辺にて、記録に存在しない“幻影群”を確認】
【幻影は特定の記録者にのみ反応し、感情的トラウマを喚起】
【セレスティア、仮分類:「共鳴不全型亡霊現象」】
リューカが深刻な表情で呟く。
「……始まったわ。
これは、“記録されず、受け止められなかった価値”が、情報の塊として実体化しているの」
「つまり……“救えなかった声”が、世界に現れはじめたってことか……」
フォノスフレイクが微かに震え始めた。
【未対応共鳴体、接近中】
◆ 第二節:声の墓場
カイとリューカがたどり着いたのは、失効された旧記録塔跡。
今は誰も訪れず、風と砂に埋もれた無人地帯。
だがそこに、人の姿をした“影”がいた。
男のような姿。女のような姿。
だがその顔には“目”がなく、口も声もなかった。
「これは……?」
「“語れなかった価値”。
そのまま忘れ去られた人間たちの“未完の意志”が形になったものよ」
影がカイに近づく。
その内のひとりが、かすかな“声なき言葉”を投げかけた。
「——なぜ、運ばなかった」
「——なぜ、私を選ばなかった」
「——お前も、“世界を選ぶ側”じゃないのか」
カイの喉が詰まる。
「俺は……」
◆ 第三節:自分を責める声
影たちは、カイの過去の記憶を刺激する。
——初任務で、守りきれなかった少女の願い。
——兄ジンに向かって、ぶつけられなかった一言。
——シェルヴァ島で、“沈黙”を壊してしまった無力感。
「本当は、知ってたんだろ?」
「自分では全部運べないって」
「それでも“全部運ぶ”なんて、偽善だろ?」
その声に、カイは膝をついた。
「……そうだよ。
俺は、“運ぶ”って言いながら、
自分で運べないものから“目をそらしてた”」
リューカがそっと彼の背に手を置いた。
「それでも、あなたは——
“届かなかった声”を、こうして“聞こうとしてる”」
◆ 第四節:応える者
影たちは、次第に消え始める。
だがその中に、ひとつだけ、光を宿した影があった。
幼い少女の姿をした亡霊。
カイが、かつて守りきれなかった子。
だが、彼女はこう語る。
「ありがとう。わたしのことを、忘れなかった」
「あなたがくれた“未完成の声”が、わたしをここに連れてきた」
「だから、わたしはもう、怖くない」
少女の姿が風に溶けていく。
そこに残ったのは、小さな結晶だった。
《レリック・エレジア》——“語られなかった最後の声”を一度だけ呼び起こす小さな器
カイはそれを手に取り、静かに目を閉じる。
「運びきれなかった声も……こうして、少しずつでも繋げるなら——
俺は、やっぱり“全部”運びたいって思うよ」
◆ 終章:亡霊の向こうにある塔
空には、十三塔の座標がまだ浮かんでいた。
だがその内のひとつ、“残響の塔”の座標だけが、色を増していた。
それは、カイが“運びきれなかった声”たちを受け止めた証。
選ばれなかった者たちの“記録の余白”が、確かに塔の一部になっていた。
リューカが言う。
「あなたの塔は、たぶん“完成”なんかしない。
でも、それが唯一、“残し続ける塔”になる」
「それでいい。
完成より、“運び続ける”ほうが、俺には合ってる」
◆ 次回予告:第25話「塔の名を呼ぶ日」
第十三塔の収束が、ついに最終局面へ。
各勢力が“塔の名”を呼び、世界の運命を決定づけようとするなか——
カイが選ぶ“名”は、決して一つではなかった。
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