言葉にならなかった想い。
言葉にしてはいけなかった痛み。
語られる前に消えていった“声”は、
本当に「なかったこと」なのか。
◆ 第一節:沈黙の島《シェルヴァ》
そこは、海の果てに浮かぶ小島だった。
地図にも記されず、記録塔からも隔絶された土地。
《シェルヴァ島》
かつて、文化的に“言葉を持たない”ことで知られた孤島。
「この島には、かつて“音を憎む文化”があったの」
船の甲板でリューカが呟く。
「音や声を“感情の漏洩”と見なし、沈黙こそ誠実さとされた……。
価値観の形成以前の、“非言語文化”の遺産よ」
「じゃあ……この島の人たちには、“声”が届かないのか?」
「それでも、彼らには“運びたい想い”がある。
でも、その“届け方”を、かつて私は——奪ってしまった」
「……え?」
◆ 第二節:リューカの罪
《シェルヴァ島》に上陸したカイとリューカは、すぐに異様な空気に包まれた。
人々は声を発しない。
代わりに、手のジェスチャや布の色、間合いと沈黙の“長さ”で意思を示す。
「ここは、かつて私が“観測対象”として派遣された島なの」
「観測……?」
「私の任務は、“彼らの価値観がレリックにどう影響するか”を調査することだった。
でも私は、やったの。“沈黙”を記録として言語化するために、
彼らの意思を“言葉に翻訳”してしまった」
その瞬間、カイは気づいた。
リューカが“声を大事にする理由”を。
「言葉になったとたん、“彼らの想い”は違うものになってしまった。
文化が崩れて、沈黙の村は、価値を失ってしまったの……」
「……」
「私は、声を運ぶどころか、“言葉にすること”で、ある想いを壊してしまったのよ」
◆ 第三節:無音の少女・ラヤ
二人は、村の外れで出会った。
ひとり、布を染める少女。
その名はラヤ。
言葉は使わず、布に“色”と“模様”で意思を込める。
その布の一枚に、カイははっと息を呑んだ。
柔らかな青、鋭い白、断ち切られた赤——
そこには、まぎれもなく「失われた対話」の記録があった。
「これ……“喧嘩”の布だ」
リューカが言う。
「この島では、声にできなかった想いを“染め”で遺すの。
“言葉にできなかった価値”を、他者に渡すための方法よ」
「でも、それが……“記録されなかった声”ってことか」
ラヤは布をそっとカイに差し出す。
カイは頷き、フォノスフレイクを掲げた。
◆ 第四節:声ではない声
共鳴発動:フォノスフレイク 第九形態
《未発声共鳴(ミュート・エコー)》——言葉になる前の価値と想いを、共鳴により再構築する
空気が震えた。
声は発されていない。
だが確かに、誰かの“想い”が響く。
「話せなかった」
「伝えられなかった」
「それでも、あなたに知ってほしかった」
それは、布に込められていた“語られなかった対話”だった。
カイは言った。
「想いが“言葉になる”ことで失われるものもある。
でも、それでも——俺は“残す”ために、声を運び続ける!」
リューカの目に、初めて涙がにじんだ。
「ありがとう……カイ。
私は、やっと“あの人たちの声”を、受け取れた気がする」
◆ 終章:繋がらなかった価値
ラヤが、新たな布を差し出す。
それは、“未染色”の真っ白な布だった。
「これは……?」
「“まだ伝えることすらできていない想い”。
染める方法も、言葉も、まだ見つかっていないけれど——
誰かが受け取ってくれると信じている“価値”」
「じゃあ俺が……この布を、“誰かに渡す”よ。
声にならない価値も、誰かに届くって信じてるから」
フォノスフレイクが光る。
その中心に、“声なき声”が静かに刻まれていく。
◆ 次回予告:第20話「もう一つの第十三塔」
ついに明かされる“第十三塔”の真実。
それは一つではなかった。
セレスティア、ゼロ・オーダー、そしてカイ——
それぞれが目指す「価値の最終地点」が、今、分岐する。
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