崩れるのは、塔だけではなかった。
人々の信仰、記憶、信念。
この世界を形づくっていた“価値”の骨組みが、ひとつ、またひとつと、崩れはじめていた。
◆ 第一節:緊急報告
「カイ。リューカ……悪い知らせだ」
ヴァルド支部長の声は、いつになく深刻だった。
彼の前に投影された地図には、世界各地の思想塔が赤く点滅していた。
【速報】
【第2、第5、第9思想塔に“共鳴異常”】
【第4、第10塔に“沈黙状態”】
【第1塔に“構造崩壊の兆候”】
「どういうことだ……! まるで、塔が連鎖的に崩れていってる……!」
リューカは額に手を当てる。
「塔の記録構造は、思想の“対立”と“バランス”で成り立ってる。
一つの塔が消されれば、その反対側にある価値も“支え”を失って崩れていく……」
「つまりこれは……“価値のドミノ倒し”だってことか」
カイの胸で、フォノスフレイクがわずかに軋む音を立てた。
◆ 第二節:守ることの限界
「……もう、間に合わないかもしれない」
リューカが呟いた。
珍しく、絶望に近い声音だった。
「いくら君が“声”を響かせても、今や塔の“記録”そのものが崩れてきてる。
価値を届けるどころか、存在そのものが、消されていく……」
「でも……!」
カイは拳を握った。
「だからって、何もせず見てるわけにはいかねぇだろ!!」
「……っ!」
その叫びに、リューカは目を見開いた。
彼女の脳裏に、昔見捨ててしまった声がよみがえる。
かつて、自分が“正しさ”に迷ったせいで、ある街が言葉を失った——あの罪を。
(……今の私は、あのときの“観測者”と何が違う?)
「リューカ……?」
カイの手が、彼女の肩に触れる。
「俺たちは、“価値の保存者”じゃない。
“価値を未来に渡す走者”なんだろ?」
その言葉に、リューカは静かに頷いた。
「……そうね。私たちは、まだ“運んでる”」
◆ 第三節:セレスティアの動揺
そのころ、《シン・アーカイブ》では十二信徒のうち3人が欠席していた。
「各地の塔が機能を喪失し始めています。統一計画は……継続困難です」
「カイ・オルステッドの存在を“特異点”として認定するべきだ」
「第十三塔の顕現が事実であれば、すでにこの世界の構造そのものが変質している」
もはやセレスティアは、「統一の正義」を保つだけの力を持たなくなっていた。
その崩壊は、イグニスの心にも陰を落としていた。
「ジン……君は、何を見て、何を“壊そう”としたんだ?」
◆ 第四節:動き出す第三勢力
その夜。
ある塔の地下にて、フードを被った謎の人物たちが集っていた。
「“記録の支配者”たちが崩れた今こそ、我らの時だ」
「塔の代わりに、“新しい価値の柱”を築く」
「セレスティアも、塔喰らいも、フォノスフレイクも——我らの“理想”には不要だ」
彼らの名は——《ゼロ・オーダー》。
“記録される以前の価値”を、完全な形で人類に与えようとする極端な人工思想派である。
その中心に座るひとりの少女が、呟く。
「カイ・オルステッド……
あなたの“声”がこの世界に鳴り響く前に、私たちが“静寂”を与えるわ」
◆ 終章:旅の再定義
「カイ。次に行くべき場所が分かった」
リューカが、破損した塔の座標を手に言った。
「思想塔を“守る”んじゃない。
思想塔の中にある“最初の価値”——塔を建てる理由、それを掘り起こすの」
「それができたら……」
「世界は、塔の“崩壊”を超えて、新たな価値観を迎えられる」
「じゃあ行こう。まだ運んでない“声”が、そこにあるなら」
フォノスフレイクが、静かに輝いた。
その色は、かつてのような眩しさではなく、
深く、力強く——“道を照らす灯”のように。
◆ 次回予告:第17話「塔の建設者」
思想塔の原初に関わった“塔の建設者”たちの記録が眠る遺跡へ。
そこに残されていたのは、「人類が初めて築いた価値」の痕跡と、
ジン・オルステッドの“知られざる決断”だった。
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