この世界には、正しさが多すぎる。
誰もが、自分の信じる“価値”を掲げ、誰かを否定する。
ならば、すべての価値を無くせばいい。
すべてが“等しい”なら、争いは起きない。
それはあまりに純粋で、あまりに破壊的な思想だった。
◆ 第一節:白衣の男
第3塔の崩壊を食い止め、山を降りる途中。
カイたちは、霧の裂け目の先にひとりの人影を見た。
白衣。
銀の髪。
無表情な顔。
彼は、ただ静かに立っていた。
「……お前が、塔喰らいを……」
カイが一歩踏み出す。
だが男は、表情も言葉も動かさず、代わりに音もなく《塔の断片》を掌に浮かべてみせた。
その断片は、砕かれた価値観の記録。
それを彼は、ゆっくりと——指で、消した。
「……!」
《フォノスフレイク》が震える。
リューカが低く叫ぶ。
「やめて! それを消したら、もう誰も“それ”を思い出せなくなる!!」
男が、口を開いた。
「それは本当に、“必要な価値”なのか?」
◆ 第二節:エリアス・ノヴァ
「……名乗っておこうか。僕はエリアス・ノヴァ」
「価値なき世界の可能性を、“観測”している者だ」
「価値なき……?」
カイが眉をひそめる。
「君たちは、“価値”を信じている。
でもそれが、どれだけ人を苦しめてきたか、考えたことはある?」
エリアスは語る。
・価値観があるから、人は分断される。
・信じる者がいれば、裏切る者が生まれる。
・誰かにとって正しいものは、他者にとっては災厄だ。
・ならば、“すべての価値”を等しく“無価値”にすればいい。
「君たちが信じてきた《思想塔》、その全ては人間の“自己肯定”の産物にすぎない。
僕はそれを、“削ぎ落とす”ために《塔喰らい》を使っているだけだ」
「ふざけるな……!」
カイの叫びが空気を震わせる。
「人の想いを! 生きた証を! “なかったこと”にしていいわけがねえ!!」
◆ 第三節:フォノスフレイク vs 塔喰らい
エリアスが静かに手を掲げる。
「では、君の価値で、証明してみせてよ」
空間が割れ、再び現れる黒い獣。《ヴォイドビースト》。
その姿は、前よりも“形を持って”いた。
人のような手。塔のような角。眼には、無の炎。
「カイ、来るわよ!」
リューカが叫ぶ。
共鳴発動:フォノスフレイク 第七形態
《記録なき叫び(ヴォイス・エクスティンクト)》——“消されかけた価値”を掘り起こし、再構築する
《フォノスフレイク》が輝き、無数の“過去に否定された声”が空に舞う。
「俺は、全部背負って運ぶ!
間違ってたとしても、消えた価値にだって意味がある!!」
空白と記録のぶつかり合い。
だが、ヴォイドビーストは止まらない。
「……この力、“声”では届かないのか……?」
カイが一瞬ひるむ。
そのとき、リューカが叫ぶ。
「カイ! ひとりの声じゃ届かない! “世界”に、もっと多くの声を呼びなさい!!」
◆ 終章:その声は誰のものか
《フォノスフレイク》が、さらに共鳴を高める。
「……お前の声は、まだ届いていない」
「だが、俺は信じている」
「“全ての価値”を救う声が、いつか世界を揺らすってことを」
それは——兄ジンの声だった。
塔の封印記録ではなく、未発見の記録。
フォノスフレイクが、兄の“まだ伝えられていない価値”に接続した瞬間だった。
カイの目に、涙がにじむ。
「兄貴……!!」
その一声で、ヴォイドビーストの動きが止まった。
そしてエリアスは、初めて興味を示すように微笑んだ。
「……それが、“あなたの神”か。ならば面白い。
次は、君自身が“選ぶ価値”を試させてもらおう」
そう言い残し、彼は霧の中へと消えていった。
◆ 次回予告:第16話「思想塔・崩壊連鎖」
止まらぬ塔喰らいの侵攻。思想塔が次々と崩れゆく中、
“価値の中心”を求めて各勢力が一斉に動き出す。
セレスティア、観測者、そして新たな第三勢力が台頭する。
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