レリックランナー第3話:忘却の塔

レリックランナー

霧の中に、塔がそびえていた。

石造りでも金属でもない。
まるで「記憶そのもの」が積み重なって形作られたような、異様な存在。

リューカはそれを見上げながら、唇を引き結ぶ。

「……ついに開いたのね。第七の思想塔」

カイはその言葉に眉をひそめた。

「“思想塔”って……何なんだ?」

彼女は少しだけ迷った後、口を開いた。

「世界中に点在する、12の塔。人類が過去に“信じた価値観”を記録し、封じた場所よ。
 生き残ったのは12本。けれど、あなたの兄は“13番目”の存在を示した——ありえない、幻の塔」

「じゃあこの塔も、そのうちの一つ……?」

「ええ。“忘却”を司る塔。この塔は、かつて大戦を止めるために、多くの人間の“記憶”を封印した」

その瞬間、塔の入り口から光が漏れ、誰かの声が響いた。

「この先に進む者は、何を忘れ、何を選ぶ?」


◆ 第一節:塔の試練

塔の内部は、まるで浮遊する記憶の迷宮だった。
空中に漂う“記録の欠片”が、次々に語りかけてくる。

「戦争は正しかった」
「争いをなくすには、ひとつの思想で統一するしかなかった」
「我々は“幸福”を選んだのだ。あれでよかったのだ」

どの声も、切実で、正しくて、けれどどこか歪んでいる。

カイはふと、足元に落ちていた記録のかけらに触れた。

光とともに、情景が映し出される。

少女が火をつけた。
村は燃えた。
「あの人が“そうすべきだ”と言ったから。私の信じた価値観だった」

カイは言葉を失う。

リューカが静かに告げた。

「これが“価値”の危うさ。人は誰かを信じることで、自分を殺すことも、他人を殺すこともできる」

「じゃあ、価値って……信じちゃいけないものなのか?」

「違う。信じる“覚悟”を持てるかどうか。
 それが、この塔が試してくること」


◆ 第二節:記録の番人

塔の最上階。
二人の前に、奇妙な男が現れる。

黒の軍服、白い仮面。手には無数の記録帯が巻かれていた。

「ようこそ。思想塔《メモリア・ヴェール》へ。
 私はこの塔の番人、《コーザ・ヴァルト》」

彼の声は機械のように淡々としている。

「この塔は、“忘却”によって世界を守ってきた。
 君たちがそれを侵すというのなら——それ相応の価値を証明してもらおう」

彼が手を振ると、レリックが現れた。

《メモリーフォージ》——他者の記憶を再構築し、武器とする装置。

空間が歪み、カイの目の前に“兄ジンの記憶”が再現される。

「カイ、お前にはまだ教えられない。この世界は“選択”を許さない世界だ」
「だから、俺は塔を壊す。価値を一つにするなんて、冗談じゃない」

「兄貴……!」

その記憶のジンが、突然カイに剣を向ける。

「これは幻だ! 兄貴がそんなことを——!」

「幻じゃない。“記録”だよ」コーザが冷たく言う。

「君の兄は“セレスティア”の勧誘を断り、塔を破壊しようとしていた。
 だがそれは、思想塔そのものに記録された。君がそれを拒絶するなら、“兄の意志”を否定することになる」

「それでも、俺は運ぶ。
 兄貴の“声”を……最後まで!」

カイの手の中で《声の欠片》が輝いた。

記録の幻が消え、塔の構造が変わる。


◆ 第三節:選ばれる価値

塔の中心に、一冊の本があった。

それは、記録と忘却の狭間に置かれた“空白の書”。
名もなき価値観の墓標。

カイは、それを見てつぶやく。

「ここに……まだ書かれてない価値がある。
 それを届けるために、兄貴は旅に出たんだ」

リューカも静かに頷いた。

「13番目の塔は、まだ誰にも認識されていない。
 それを“発見”できるのは、自分自身の価値観を最後まで捨てなかった者だけ」

塔が静かに閉じ、空に消える。

2人の旅は、確かに次の章へと進み始めていた。


◆ 終章:観測者たち

高台の建物。
そこでは“観測者”たちが動き出していた。

「第七の塔が開いたか……」
「カイ・オルステッド。彼は“運び手”の器だ」
「だが、“統一”を妨げる者は——排除対象だ」

白い衣をまとう集団。
その胸には、“セレスティア”の紋章が輝いていた。


◆ 次回予告:第4話「統一の光」

“価値観をひとつにすることで争いをなくす”という、
セレスティアの理念がついに明かされる。
カイたちは、「正しさ」の本質と向き合うことになる。

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