霧の中に、塔がそびえていた。
石造りでも金属でもない。
まるで「記憶そのもの」が積み重なって形作られたような、異様な存在。
リューカはそれを見上げながら、唇を引き結ぶ。
「……ついに開いたのね。第七の思想塔」
カイはその言葉に眉をひそめた。
「“思想塔”って……何なんだ?」
彼女は少しだけ迷った後、口を開いた。
「世界中に点在する、12の塔。人類が過去に“信じた価値観”を記録し、封じた場所よ。
生き残ったのは12本。けれど、あなたの兄は“13番目”の存在を示した——ありえない、幻の塔」
「じゃあこの塔も、そのうちの一つ……?」
「ええ。“忘却”を司る塔。この塔は、かつて大戦を止めるために、多くの人間の“記憶”を封印した」
その瞬間、塔の入り口から光が漏れ、誰かの声が響いた。
「この先に進む者は、何を忘れ、何を選ぶ?」
◆ 第一節:塔の試練
塔の内部は、まるで浮遊する記憶の迷宮だった。
空中に漂う“記録の欠片”が、次々に語りかけてくる。
「戦争は正しかった」
「争いをなくすには、ひとつの思想で統一するしかなかった」
「我々は“幸福”を選んだのだ。あれでよかったのだ」
どの声も、切実で、正しくて、けれどどこか歪んでいる。
カイはふと、足元に落ちていた記録のかけらに触れた。
光とともに、情景が映し出される。
少女が火をつけた。
村は燃えた。
「あの人が“そうすべきだ”と言ったから。私の信じた価値観だった」
カイは言葉を失う。
リューカが静かに告げた。
「これが“価値”の危うさ。人は誰かを信じることで、自分を殺すことも、他人を殺すこともできる」
「じゃあ、価値って……信じちゃいけないものなのか?」
「違う。信じる“覚悟”を持てるかどうか。
それが、この塔が試してくること」
◆ 第二節:記録の番人
塔の最上階。
二人の前に、奇妙な男が現れる。
黒の軍服、白い仮面。手には無数の記録帯が巻かれていた。
「ようこそ。思想塔《メモリア・ヴェール》へ。
私はこの塔の番人、《コーザ・ヴァルト》」
彼の声は機械のように淡々としている。
「この塔は、“忘却”によって世界を守ってきた。
君たちがそれを侵すというのなら——それ相応の価値を証明してもらおう」
彼が手を振ると、レリックが現れた。
《メモリーフォージ》——他者の記憶を再構築し、武器とする装置。
空間が歪み、カイの目の前に“兄ジンの記憶”が再現される。
「カイ、お前にはまだ教えられない。この世界は“選択”を許さない世界だ」
「だから、俺は塔を壊す。価値を一つにするなんて、冗談じゃない」
「兄貴……!」
その記憶のジンが、突然カイに剣を向ける。
「これは幻だ! 兄貴がそんなことを——!」
「幻じゃない。“記録”だよ」コーザが冷たく言う。
「君の兄は“セレスティア”の勧誘を断り、塔を破壊しようとしていた。
だがそれは、思想塔そのものに記録された。君がそれを拒絶するなら、“兄の意志”を否定することになる」
「それでも、俺は運ぶ。
兄貴の“声”を……最後まで!」
カイの手の中で《声の欠片》が輝いた。
記録の幻が消え、塔の構造が変わる。
◆ 第三節:選ばれる価値
塔の中心に、一冊の本があった。
それは、記録と忘却の狭間に置かれた“空白の書”。
名もなき価値観の墓標。
カイは、それを見てつぶやく。
「ここに……まだ書かれてない価値がある。
それを届けるために、兄貴は旅に出たんだ」
リューカも静かに頷いた。
「13番目の塔は、まだ誰にも認識されていない。
それを“発見”できるのは、自分自身の価値観を最後まで捨てなかった者だけ」
塔が静かに閉じ、空に消える。
2人の旅は、確かに次の章へと進み始めていた。
◆ 終章:観測者たち
高台の建物。
そこでは“観測者”たちが動き出していた。
「第七の塔が開いたか……」
「カイ・オルステッド。彼は“運び手”の器だ」
「だが、“統一”を妨げる者は——排除対象だ」
白い衣をまとう集団。
その胸には、“セレスティア”の紋章が輝いていた。
◆ 次回予告:第4話「統一の光」
“価値観をひとつにすることで争いをなくす”という、
セレスティアの理念がついに明かされる。
カイたちは、「正しさ」の本質と向き合うことになる。
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